ずっと自分は婆ちゃん子だった。
幼稚園の頃から、
婆ちゃんのうちに一人で泊まりに行っていた。
婆ちゃんも離婚していたので、
寂しかったのか、
孫の自分をとても愛してくれた。
そんな婆ちゃんが、
何年か前に亡くなった。
老衰だった。
病気など一つせず、
ずっと元気だったけど、
さすがに年には敵わなかった。
痴呆も進んで、ずっと面倒を看てきた叔母の手にも負えなくなり入院。
それでも亡くなるちょっと前までは元気で、
自分がお見舞いに行っても、
自分のことをちゃんとわかってくれていた。
そんな婆ちゃんだったけど、
亡くなったとき、
自分は涙ひとつ見せなかった。
悲しくないわけではない。
でもどうしても、婆ちゃんの死を受け入れることができなくて、
死んだって思えなかった。
今もそう。
3回忌も終わったのに、
いまだに、どこかで生きているように思える。
ばあちゃんが亡くなった時、
親戚中が集まった。
うちは基本的に、ざっくばらんな家族なので、
堅苦しいことは抜きで葬儀をおこなった。
お坊さんがお経を唱えてる最中に、
母がおならをして
家族大爆笑のまま、
お坊さん一人、もくもくとお経を唱えてる姿に、
さらに
大爆笑
そんな婆ちゃんの葬儀だった。
暗い感じの葬儀とはほど遠いものだった。
多摩地区のエリアに対応→
やまと葬祭
実際、婆ちゃんは、暗いことがきらいで、
いつも誰かと話してる、
そんな明るい昭和チックな人でもあった。
その分、周りからは、
うるさいばあさんだ、、、なんて言われる事もあったけど、
それでも慕ってくれていた近所の方は多い。
今でも思い出す婆ちゃん、
今頃はどこかで、僕らを見守ってくれているのだろうと信じている。
[18回]
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